アジア通貨危機の後、危機の再発防止を目指して、地域金融協力の動きが徐々に具体化してきました。危機勃発より間もない九七年九月には香港で開催されたIMF世銀総会の際に、日本政府はアジア通貨基金構想を欧米諸国やIMFに打診しましたが、欧米諸国やIMFの反対にあって実現しませんでした。しかし、IMFの危機が他のアジア諸国に波及しただけではなく、九八年半ばには米国の大手ヘッジ・ファンドに波及し、ロシアやブラジルも危機に陥るにいたって、地域の通貨危機を地域で抑止・防止する必要性が広く認識されるようになりました。二〇〇〇年五月にタイのチェンマイで開催されたASEAN+3(ASEAN諸国に日本、中国、韓国の三ヵ国が加わった枠組み)の財務大臣会合において、二国間のスワップ協定を締枠組みはその後ASEAN+3各国の間で締結が進んでおり二〇〇六年五月には総額七五〇億米ドルに達しました。これは、地域的な金融協力を可能な形で具体化したものといえます。また、二〇〇三年に入って、アジア債券市場イニシアティブがスタートし、債券市場の枠組みについて合意を見ましたが、これをチェンマイイニシアティブと呼びます。このインフラ整備の面で東アジア各国が連携するしくみが作られました。EMEAPと呼ばれる中央銀行間の枠組みでは、アジア各国の国債への投資の枠組みが検討され、アジア債券ファンド2(ABF2)と呼ばれる各国通貨建ての投資信託に投資するスキームが作られました。タイの通貨危機で見たように、アジア通貨危機の原因の一つに、通貨と期間のミスマッチが挙げられますが、国内の債券市場を整備することは、資金調達者にとってはその国の通貨建てで事業期間に見合った期間での資金調達が可能になります。また、所得水準の上昇や人口の高齢化に伴って急速に成長している各国の機関投資家(年金基金、保険会社等)の運用も容易になります。東アジア諸国は急速に域内の結びつきを強めており、域内の貿易比率も五〇%を超えました。こういった状況で、域内各国通貨相互間の相場の安定を進めることが必要と考えられています。アジア各国は、政治体制、宗教、文化、所得水準等の面で文字通り多様性に富んでおり、第二次大戦直後から統合に向けた動きが進められてきた欧州とは大きな違いがあります。しかし、アジア通貨危機で被った被害が大きかっただけに、こういった危機を繰り返すまいという意識を強く持っているという点では、各国に共通するものがあります。円の国際化とは、円の利用が国際的に盛んになることです。通貨には、決済、保管、運用という三つの機能がありますが、円の利用はなかなか進んでいません。企業の立場からも、円を利用しなくても米ドルをベースに全社的なリスク管理を行うことができますし、国際的に取引が米ドルで行われている原油などについてこれを円建てに変更するのは、大変難しいことです。一方、一九九九年に発足した欧州単一通貨ユーロは、ユーロ建ての資本市場の拡大やユーロを通貨とする地域が拡大していることにも助けられて、その利用が進んでいます。アジアでは、円を除くと、何らかの為替管理を残している国が多く、円を利用する余地はまだあります。加えて、アジア最大の金融市場を持つ日本として、欧米に加えて近隣のアジア各国とのつながりを深めていく余地はまだまだあると考えられます。