考えてみれば幼い頃は純粋に、ただ、服を着ることが楽しかった。その頃好きだった色やデザインの雰囲気を考えてみると、今でも同じように好きだということに気づくということは、好みの本質は二十年以上たっても、結局ほとんど変化していないということだ。それなのに高校に入って恋をすると、途端に私は自分に自信がなくなっていった。もっときれいに、素敵になりたいという焦燥にも似た欲望が本来の自分を見失わせていった。自分のためだけの楽しみだったファッションが、相手に合わせ、相手に気に入られるものになろうと、方向を無理やり変えようとする車のようにきしみ始めた。好きなものを一人で着ている時はのびのびと幸せなのに、相手に好かれたいと思った瞬間から気持ちが硬直し、何を着たらいいのかわからなくなるのだった。そんな時、世の中一般でよく言われる「男の子好みのファッション」が頭をかすめた。そして、自分は一般受けするタイプではないと十分承知していながら、不安につき動かされてそんな服を手に取ってしまったりもした。それを着ている間中、自分が自分でないような、居心地の悪い思いをしながら。服と自分のキャラクターとがバラバラの状態で、いくら「男の子好み」という一般論に媚びてみたところで結果は散々なのだった。服に惹かれてやって来る男子などというものは、結局存在しないのだった。ごくたまに、何かの間違いのように声を掛けられたりしても、うまくいくはずなど最初からなかった。